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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(れ)605号 判決

本籍並びに住居

神戸市葺合区籠池通四丁目四番地

無職

江波戸仲子

明治三九年一一月六日生

右の者に対する私文書偽造、偽造私文書行使、詐欺被告事件について昭和二四年一二月二七日大阪高等裁判所の言渡した判決に対し被告人から上告の申立があつたので当裁判所は刑訴施行法第二条に則り次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人今井嘉幸、同海野普吉、同位田亮次の上告趣意は末尾に添附した別紙記載の通りである。

弁護人今井嘉幸上告趣意第一点について。

本件が、被告人と住友孝との親交関係に基因する、長期にわたる複雑な事案を背景とする事件であることは、まことに所論のとおりである。しかし、原判決挙示の各証拠を綜合すれば、原審認定の事実は、これを肯認できる。記録をくわしく検討しても、右認定について採証法則の違背乃至審理不尽、理由不備の違法があると断定することはできない。そうして、被告人の本件行為が、住友孝の財産に対する「現在ノ危難ヲ避クル為メ已ムコトヲ得サルニ出テタル行為」であるとは、到底認められないのであるから、原審が刑法三七条にあたる被告人の緊急避難行為であると認めなかつたことは相当である。なお証人申請の採否は事実審の自由裁量に属するところであるから、原審が所論証拠申出を排斥したからといつて、ただちに違法であるということはできない。また原審において、被告人が所論田中、富沢両証人を尋問する機会を与えられなかつたと認めるべき根拠は存しないし、その証言については、被告人はその都度、裁判長から意見弁解の有無を問われ、それに対しないと答えたことが原審公判調書に記載されているのである。それゆえ所論は採用することができない。

同第二点及び第三点について。

証人富沢拳二は原審において、所論の文書が真正のものであると信じて、無尽落札金を被告人に支払つたものであると証言しているのであり、この証言に信をおくか、或はおかないかは、原審の裁量権の範囲内に属するものというべきであって、記録を検討しても、原審が右証言を採用したことが経験則に違背したものとは断定できないし、また所論特定金銭委託証書を偽造文書と認定したことについては所論のような違法があるとは認められない。従つて所論は採用しがたい。

同第四点及び第五点について。

原判決の挙示する各証拠を綜合すれば、原判示のような被告人の犯意を肯認できるのであつて、原審の右認定について経験則の違背或は判断遺脱、理由不備の違法があるということはできないし、また原審が犯意に関する法律解釈を誤つているということもできない。本件にいたるまでの複雑、異常な経過は、一方において所論のように、被告人が住友本社に対し事態の暴露せられることを予期して、本件のような行為に出たものと判断することも一応理由があるように思われるが、同時に、原判示のような認定をも充分可能とするものである。所論は要するに、原審の専権に属する事実の認定を非難することに帰着するから採用することができない。

弁護人海野普吉、位田亮次の上告趣意第一点について。

所論第一審第四回公判調書中の被告人の供述記載として原判決の摘示するところは、所論のように供述の全趣旨を曲解したものとは解されないし、これと原判決挙示の他の証拠とを綜合すれば、被告人に所論欺罔の意思が存在したことを認めうるものであることは、前記のとおりである。従つて原判決には、所論のように証拠によらないで欺罔の意思を認定した違法乃至理由不備の違法はなく、論旨は採用できない。

同第二点について。

被告人が原判示のような経過により、山陽無尽株式会社において、同会社係員から、無尽落札金として十三万九百十七円五十銭の交付を受けるに当つて、たとえ所論のように、その一部につき現金授受の手続を省略し、これをただちに同会社に対する従前の借受金等の支払にあてたとしても、その金額を控除しない全額について、刑法二四六条一項の詐欺罪が成立するものと解すべきである。それゆえ原判決には所論のような違法はなく、論旨は採用しがたい。

よつて旧刑訴四四六条により主文の通り判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

検察官 十蔵寺宗雄関与

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介)

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